野球少年 保護者の方へ
『この病気はおとながつくっとるやないか!』これは30年前から現場での野球肘検診を続けてきた徳島病院整形外科の岩瀬毅信先生の言葉です。
小学校の低学年から野球を始め,5・6年生になりやっと野球らしい試合が行える様になってきて,とても楽しくなってきたその時に,野球肘はやってきます。
成長期の子どもの骨格は,骨端線という成長軟骨が存在しており,非常に脆弱な骨となっています。
そして,反復する同一の動作や,不適切な身体の使い方が,その軟骨層に障害を起こさせることになってしまいます。
高校生以上の大人のスポーツ障害ならば自己責任といえるでしょうが,成長期の小・中学生の子ども達の場合はそういうわけにはいきません。
ひと昔前は,肘が伸びないことが勲章のように言われていたこともありましたが,現在では,野球肘は早期に発見し,早期に施術することで,後遺症を残さず治癒することが分かっています。
痛みや機能障害をもった状態で,高校,さらにはそれ以上のレベルでやるよりも,フレッシュな状態でやった方が,後々伸びるとも言われています。
また,将来的にも変形性関節症などの後遺症を引き起こすリスクも生じてしまいます。
根性論も場合によっては必要だと思っております。
私自身,根性論真っ只中で教えられてきており,その良さも分かっているつもりで,実は大好きであります。
しかし,この業界に入り身体のことを勉強することによって,その世代世代,身体の特性によって,鍛える観点の違いがあるべきであることを知りました。
小学生,中学生,高校生,それぞれどこに力を入れるべきか,何を指導するのか違うのです。
小学生の野球のスポーツ障害で一番多いのは,投球障害です。
次いで腰の疲労骨折でしょう。
そして,その投球障害で小学生が痛めるのは,ほとんどが肘であります。
野球肘になって大好きな野球,楽しくなってきた野球が出来ないお子さんを見ているのは,親御さんとしても大変つらく,どうしたら良いのだろうとさぞ思い悩まれている事だろうと心中察し申し上げます。
肘を壊す要素・要因と致しましては,大きく3つ(ほとんどが上の2つ)あると言われています。
①オーバーユース,多投球(いわゆる投げすぎ)
②不良投球フォーム
③遺伝的素因
現在では,少子化の影響もあって,野球人口も減っています。
少年野球でも,1学年で1チームできないことも多くなってきているようです。
そんな中で,運動能力のある子(上手な子)は,上の学年に駆り出されたり,自分の学年でも“ピッチャーで4番”といった子が多いでしょう。
試合が勝ち進むにつれ,日程はタイトになってきます。そしてさらに勝ちたくなってきます。
そうするとその子に“おんぶに抱っこ”と,なってきます。
「勝利至上主義」,「勝利第一主義」ではなく,子供たちの将来を見据えた上で「勝ちを目指す中で,子供たちをより成長させる」という視点が必要なのではないでしょうか。
勝たなくてはいけないのは高校生以降で良いのではないでしょうか?「勝利至上主義」では,必ずやどこかに無理がかかってきてしまいます。
・一試合100球以上投げていませんか?
・土曜日,日曜日と2連投していませんか?
・途中で,ピッチャーとキャッチャーの入れ替わりしてませんか?
今や大人の身体であるプロであっても100球が一つの目安です。
日本臨床スポーツ医学会では,1日の投球数を小学生50球,中学生70球,高校生100球までと定めています。
スポーツを楽しむことは青少年の健全な心身の育成に必要である。
野球はわが国における最もポピュラーなスポーツの1つであるが,骨や関節が成長しつつある年代における不適切な練習が重大な障害を引き起こすこともあるので,その防止のために以下の提言を行う。
1)野球肘の発生は11,12歳がピークである。したがって,野球指導者はとくにこの年代の選手の肘の痛みと動きの制限には注意を払うこと。野球肩の発生は15,16歳がピークであり,肩の痛みと投球フォームの変化に注意を払うこと。
2)野球肘,野球肩の発生頻度は,投手と捕手に圧倒的に高い。したがって,各チームには,投手と捕手をそれぞれ2名以上育成しておくのが望ましい。
3)練習日数と時間については,小学生では,週3日以内,1日2時間を超えないこと。中学生・高校生においては,週1日以上の休養日をとること。個々の選手の成長,体力と技術に応じた練習量と内容が望ましい。
4)全力投球数は,小学生では1日50球以内,試合を含めて週200球を超えないこと。中学生では1日70球以内,週350球を超えないこと。高校生では1日100球以内,週500球を超えないこと。なお,1日2試合の登板は禁止すべきである。
5)練習前後には十分なウォーミングアップとクールダウンを行うこと。
6)シーズンオフを設け,野球以外のスポーツを楽しむ機会を与えることが望ましい。
7)野球における肘・肩の障害は,将来重度の後遺症を引き起こす可能性があるので,その防止のためには,指導者との密な連携の下での専門医による定期的検診が望ましい。
日本臨床スポーツ医学会学術委員会 委員長 大国真彦
整形外科専門部会 委員長 渡辺好博
資料 青少年の野球障害に対する提言(文献1より)
参考文献1:日本臨床スポーツ医学会整形外科学術部会編,『野球障害予防ガイドライン』,文光堂,1998.
しかし現場ではどうでしょう,小学生1日2時間以内の練習?土日しか練習日がないのに,2時間では,上手くなれないですよね。
何度も言うようですが,特に(親御さんたちとしても)野球が一番面白くなってくる5・6年生の時期は骨の成長する(伸びてくる)部位が非常に脆弱です。
靭帯の強度の1/5~1/20と言われています。
強く(上手く)なる為には,練習をたくさんしなければならない。でも,たくさんすればする程,肘を壊す要素は増えるわけです。
では,小学生には野球などやらせない方が良いのか?
答えはNoです。
この世代はゴールデンエイジと呼ばれ,神経系の発達が著しい時です。
その時でないと習得し辛い(その時習得しておかないと後々では習得し辛い)動作というものはあります。
やはり,小さい頃からやり始めた子は,上手になる傾向があります。
練習の内容を考えなければいけないということです。
その子の野球人生メインは,どこでしょうか?中学生・高校生,当面は高校野球でしょう。
今,無理をして,将来満足に投げられないよりも,その年代に合ったやり方があります。
ホルモンの関係上,筋力がつきやすくなるのは中学生後半から高校生時期にかけてです(図1)。
例えば,小学生時期に“肩をつくる”といって,むやみに遠投しても意味は薄いのではないでしょうか(ましてや誤ったフォームで投げていればなおさら)。
ただ,遠投をすることによって身体全体で投げるという投動作を身につけることもできます。
要はそれを行う目的をはっきりさせる必要があるということです。
“肩をつくる”ということが目的であるならば,たくさん投げる必要性が生じてしまいます。
先程申し上げたように,小学生時期は神経系の発達が著しい時です(図1・2)。
瞬発性・アジリティー・巧緻性・コーディネーション能力を鍛えましょう(野球の中でいえば守備練習です)。
中学生時期は循環器,心肺機能が高まり易くなります。
走り込みをしても良いかもしれません。高校生時期は筋肉が付きます。
ウエイトトレーニングも良いでしょう(但し,成長には個人差が大きく注意が必要です)。
(図1)年齢による能力の発達量の変化
*宮下(1981)による
(図2)スキャモンの発育発達曲線
そして,オーバーユースと同様に問題になってくるのが,投球フォームの不良です。普段見ていると,投球フォームが良くない子どもは非常に多いです。
できる限り早急に改善した方が良いです。
小学生時期の投球動作の目的は,力いっぱい速い球を投げることではありません。
正しいフォームで投げることです。
そうすれば必然的にスピードアップ,球のキレは増します。
正しいフォームとは,医学的に肩・肘に負担のかからないフォームです。
身体に負担のかからないフォームと,パフォーマンスの向上は比例(一致)すると考えられます。
当然,腕の振り方も問題になり,一番着目する所でもあるのですが,特に大切なのは,その腕の振り方を誘発する下半身(特に股関節)の動作だと思っています。
並進運動から回転運動,そして地面からの床反力を足関節→膝関節→股関節→体幹→肩関節→肘関節→手関節→指先に伝える理にかなった運動連鎖が必要です。
成長期でもある小学生時期のあり方は,その後の野球人生を大きく左右すると言っても過言ではありません。
少しでも障害によって野球を断念する子を減らせるように努力していきたいと思っています。